1972年には解散していた、はっぴいえんどの最後のコンサート「CITY-Last
time
around」は1973年9月21日(金曜日)に文京公会堂で開催されたました。(もっとも、はっぴいえんどはその十数年後にまたコンサートに出場するのですけれど)
夕刻の文京公会堂前には沢山の人達が夏の終わりの驟雨のなか列をつくっています。座席は自由で、いわば早い者勝ちでよい席を確保するのです。チケットは発売日に手に入れており、開演1時間前には会場前に到着したのですが、あまりの人の多さに入場できるかさえ不安になってきました。
2時間前に文京公会堂に到着の予定が、僕は後楽園駅で女の子と待ち合わせをしていたために遅れてしまったのです。待ち合わせの相手はS恵さんといいます。S恵さんは待ち合わせを1時間過ぎても現れません。彼女とは大学で同じクラスです。彼女との出会いは唐突で、別れも突如としてやって来るのでしたが・・・。
その年の5月、僕はまだ大学で授業を受けていました。休憩時間に僕は教室脇の踊り場の手摺に肘をつき、建物の隙間から階下の街を見下ろすのが習慣になっていました。仕事を終えたサラリーマンの列が駅に向かって歩いています。サラリーマンは背中をすぼめて行進しています。(僕もいまにあの隊列に加わるのだろうか)などと思い眺めているのです。僕は大学に入学しても独りです。友達はいません。
けれどその時は少し様相が違ったのです。大学の脇に修学旅行生の宿泊施設があり、同じ階のフロアから窓越しに、女子高生数人が僕を見ていたのです。距離にして10メートルぐらいでしょうか。単に髪が長いというだけで僕は彼女達にとって、珍らしい存在だったのかも知れません。彼女達は何やら相談している風でしたが、やがて意を決したらしくひとりが僕に声をかけてきます。「こっちを見て下さーい」「手を振って下さーい」僕は見るだけは見ました。すると、カメラを構えシャッターを切ろうとしているのです。とてつもなく恥ずかしく僕はうつむいてしまいました。そこへS恵さんが通りかかったのです。それまで僕はS恵さんはもとより、同級生の誰とも会話を交わすこともありません。たしか彼女は昼間は研究生としてお芝居の学校に通っているようなことを自己紹介の席で話していました。
「なに、してんの?」とS恵さん。僕が女子高生の方を指さすとS恵さんはすべてを察し面白そうに彼女達に手を振りました。女子高生は喜びそのうちのひとりが「キスして下さーい」と叫んだのです。するとS恵さんは両手で僕をかかえ込むようにしながら、本当にキスをしたのです。キスの間、女子高校生達が歓声を上げているようでした。