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「マニアの至福」第3回

73年4月、入学式当日の悲劇-2-

 コップ酒で二人とも5杯は飲んでいたでしょうか。落としても割れにくい分厚いコップに、なみなみとつがれた熱燗がコースターの替わりの受け皿に滴り落ちた状態で運ばれてくるのです。
 「おかま、おかま」との声にやおら立ち上がったあがたさんは、やはり立ち上がった僕に向かって、「出ようか?」と言いました。それからニイっと笑みをうかべ、少しだけ首を左右に振りました。(酔っぱらいは相手にしないほうがいいよ)と言いたかったのでしょう。
 店を出ると花冷えのなか、路上でサラリーマン風の男が中央線の下で立ち小便をしています。
僕もブルっと震えました。もう、12時近かったかもしれません。この日セーターの上にはなにも羽織らずにいたのです。ひとり、まだふとんのない数日前から住み始めた西荻窪の3畳間に帰るのかと思うと、とてつもなく寂しい気持ちになりました。
 あがたさんはそんな僕に気を遣ったのか「まだいいかな?」といってくれたのです。
「うん、まだいいよ」と僕。
僕たちは国電の新宿駅とは反対方向に歩き出しました。
ガードをくぐり靖国通りを渡り、駅へと向かいます。はしご酒かと思っていると、駅へと向かったのです。駅の構内は工事中で仮設の階段は踏みしめるたびにギシギシと音をたてます。ホームに「せいぶしんじゅく」とあります。新宿に新宿駅以外の駅があることを始めて知りました。停車していた電車に乗り込むと寒さが少し和らぎます。
 ほどなく電車は走り出し、あがたさんは黙っていました。この電車がどこに向かい、どこで降ろされるのか心配になってきました。酔った勢いで僕を連れてはみたものの、あがたさんはまだ僕と会うのは2度目なのです。僕はレコードを聞いたり、テレビで下駄履き姿で歌うあがたさんを見て知っているつもりでも冷静に考えれば、いちファンにすぎないのです。
 頭のなかでファンと言う単語が不安という単語に置き換わり始めたころ、電車は数回目の停車をしました。
「おりるよ」
僕たちは電車降りました。向かいのホームは終了しているようでした。改札へ向かう人影もまばらです。改札をでるともう僕たち以外には誰もいません。
 あがたさんは「でさぁ、ちょっと会いたくなった人がいてさぁ、すぐそばだから」といいながら、線路に沿った径を新宿とは反対方向に歩き出しました。数十メートルおきに線路を照らす水銀灯がともります。それ以外あたりは暗くひっそりとしています。僕たちの足音は闇の中に吸いとられていきます。酔いも冷めてきたのでしょうか、寒さが足元から這い上ってきます。それにしても十数分前にいたあれだけ喧噪な新宿からわずかの所でこれほど暗くて静かとは、と思いました。
やがて径は、ぼんやりと門柱が灯る二階家の前で終わりです。
 「ここのはずだよ」といって、あがたさんは呼び鈴を押します。二度三度と押します。僕は爪先を上下させ足先を暖めようとしました。 
 あがたさんは表札に目を凝らしているようでしたが、僕の目には文字が消えかかり判読できません。
「おかしいなぁ」とあがたさんが呟いていると階段をかけ降りるバタバタといった音して玄関に明かりが点り、ガラス戸に仁王立ちのように写った人影がうるさそうに言いました。
「どなたですか?」(97年2月23日記・以下次回)

-第3回 了-

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