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「マニアの至福」第10回を読まれた後にこちらを訪れたみなさまへ。 この第11回は、いきなり「ラストタイムアラウンド」の終了後から始まります。 というのも、この「マニアの至福」に何度か登場する、あがた森魚さんご本人から、「赤い鼻緒」の彼女とはどうなるの?早く読ませてね。と、じかに催促されたので、S恵さんと僕とのことを書きます。「ラストタイムアラウンド」後半部分については、第12回以降で、再現させていただきます。(あがたさんによる催促のエピソードについてお知りになりたい方はこちらをクリックして下さい)

なおこの独断ついてのご指弾、反論等はartmania@air.linkclub.or.jpまで。
「マニアの至福」第11回

73年9月、はっぴいえんど
「ラストタイムアラウンド」-7-

 

 コンサートが退けても、まだ、そぼ降る雨の止まぬ公会堂前で、僕はS恵さんに会った。彼女は、ジーパンに素足であったが、赤い鼻緒の下駄ではなく、スニーカーを履いていた。最初笑みを浮かべていた彼女の表情は、足下を見る僕の視線気づき、やがて9月の雨よりも冷えびえとした。

 けれど彼女は近寄り、僕は彼女の肩を抱いた。恋人同士と言うには不釣り合いな隙間が、組まれた腕と肩の間に生じ、ぎこちないままに、後楽園前から丸の内線に乗る。

 ぽつり、ぽつりとある空席にならんで腰を掛けた。

同じように「CITY」を体験した、男女のカップルや、数人の友人たちの会話が聞こえる。

「はっぴいえんど」てさ・・・。

「風都市」てっさ・・・。

誰もが綺麗に見えた。

僕は「CITY」を反芻するどころではなかった。

 昂揚すべき記念の日に、とてつもなく悲しかった。 僕は「なぜ、スニーカーなの? なぜ、赤い鼻緒を履いてはいないの?」との問いを発することができずにいた。S恵さんは、僕のその問いだけを待っていたのに違いなかったのに。

僕は恐かった。僕の問いにS恵さんがなんと答えるのか、なにもできない僕よりも、たえず数段先を歩むS恵さんの、赤い鼻緒の下駄をなぜあがたさんが履いていたのか? その解答を得るのを怖れた。

 盗み見るS恵さんの表情は、これまで、大学でも、あるいは、浅川マキのコンサートの後にみせたもののどれでもなかった。

電車は終点の池袋に着いた。

そのまま、山の手線に乗り換え、内回りに乗る。 やがて新宿が近づく。 僕の住む西荻窪に帰るには、新宿で乗り換えなければならないが、やり過ごしS恵さんの住む渋谷で二人降りた。

無言のままに肩を抱く。

駅前のチャイナタウンを横に歩を進め、幾度か待ち合わせた「ロロ」を過ぎ、東急デパート本店を越える。 右折すれば、S恵さんの住むアパートとなるが、そのまま坂を登り右手にある「ホテルカモメ」へ進む。 二人は黙っている。 

 数階建てのカモメの3階にあてがわれたひとつの部屋、ひとつのベッドで、僕は初めて女の人を、S恵さんを抱いた。ベッドから見える磨りガラスのはめ込まれた窓の向こうに、S恵さんの住むアパートがあるのだと思った。 ひとつになっているはずのS恵さんも窓の向こうにあるような気がした。 彼女は途中、一度だけ「まぁちゃん」と叫んだように思えた。(99年9月11日記・以下次回)

-第11回 了-


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